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神戸地方裁判所洲本支部 昭和29年(ワ)39号 判決

原告 三和ステンレス株式会社

右代理人 関口緝

被告 淡路産業株式会社

右代理人 白川久雄

主文

被告は、原告に対し金八拾万円及びこれに対する昭和二十九年三月三日より支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、原告において担保として金弐拾万円を供託するときは、仮に執行することができる。

理由

一、被告が昭和二十八年十一月三十日訴外日厨工業株式会社に宛てて、原告主張のような受取人欄を白地とした本件約束手形一通を振出したことは、当事者間に争がなく、受取人欄の記載部分を除くその余の部分の成立につき争のない甲第一号証(本件手形)、受取人欄の記載部分及び裏面の株式会社第一銀行堂島支店より原告に対する裏書の記載部分を除くその余の部分の成立につき争のない新甲第一号証(甲第一号証と同一のもの)証人今氏敏夫、同下条薫、同平野茂寿の各証言を総合すれば、原告は、右振出日に右日厨工業株式会社より本件手形を受取人欄空白のまま引渡によりその譲渡を受け、その後受取人欄に自己の名称を記載して補充した上、昭和二十八年十二月四日訴外株式会社第一銀行堂島支店に対し裏書譲渡し、同支店は、昭和二十九年二月十二日訴外株式会社神戸銀行洲本支店に対し本件手形を取立委任裏書をなし、右神戸銀行洲本支店は呈示期間内である同年三月二日本件手形を呈示してその支払を求めたが、拒絶されたこと(支払拒絶の点は当事者間に争がない。)が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

二、そこで、まず、被告主張の(2)の抗弁について判断する。

前記証人下条薫、同平野茂寿、同梅本勝雄(一部)の各証言によると、本件手形は、被告より前記日厨工業株式会社に対し融通手形として振出されたものであることが認められる。けれども、いわゆる融通手形は、その振出人が、被融通者をして、その手形を利用することによつて、金銭の融通を受け又はこれを受けたと同一の経済上の結果を得させる目的で振出すものであるから、振出人は、被融通者に対しては手形債務の履行を拒否することができるが、その手形が被融通者により利用せられて第三者がこれを取得するに至つた場合には、振出人は、両手形を振出した所期の目的を達成したものというべく、従つて、その第三者が融通手形であることを知つて取得したと否とにかかわらず、手形の支払を拒否することはできないものであると解するを相当とする。故に、これと異つた見解に立つ被告の右抗弁はこれを採用することができない。

三、次に、被告主張の(3)の抗弁について判断する。

被告は、本件手形振出の際、被告と訴外日厨工業株式会社との間において白地の受取人欄には必ず受取人として同会社の名称を記載するよう特約したと主張するけれども、該主張事実を認めるに足る証拠はない。もつとも、前記証人梅本勝雄は、本件手形振出の際、被告と右会社との間において白地の受取人欄には当時同会社の社長であつた訴外平野茂寿又は同会社の工場長であつた訴外下条薫のいずれかの個人の氏名を記載するよう特約した旨証言するけれども、同証言は、たやすく措信し難くかえつて、前記証人平野茂寿、同下条薫の各証言を総合すれば本件手形振出の際、被告と右会社間においては、白地の裏書欄に記載すべき受取人の名称については別に何らの特約もなされなかつたことが認められる。されば右会社は、何ら制限のない白地補充権を取得していたものであつて、右補充権は前認定のように、原告が右会社より本件手形を取得した際に原告に移転したわけである。右の如くであるから、被告の右抗弁も理由がない。

四、次に被告主張の(4)の抗弁について判断する。

凡そ、手形が受取人欄を白地として振出されたときは、その手形の所持人は、受取人欄に自己の名称を受取人として記載し又は記載しないで裏書をなし、これを譲渡し得るは勿論、白地式裏書があつた場合と同様に、受取人欄の白地を補充しないで単なる引渡だけによつてもこれを譲渡し得るものと解するを相当とする。従つて、右と異つた見解に立つ被告の右抗弁もまた採用することはできない。

五、しかして、前記甲第一号証、新甲第一号証、証人今氏敏夫、同広岡建一の各証言を合せ考えると、原告は、昭和二十九年三月十日前記株式会社第一銀行堂島支店に対し本件手形の手形金を支払つた上、記名式の裏書譲渡を受け所持人となつたのであるが、当時同支店長代理広岡建一は、右手形を裏書する際手形裏面の裏書欄に他の所要事項は記載したが「株式会社第一銀行堂島支店」なる記載の左側の「支店長代理」なる記載の下に自己の氏名を記入し、且つその下に印章を押すことを遺脱したので、原告は、同年十月十五日右支店長代理広岡健一にその旨告げて、氏名記入及び印章押なつをなさしめ、もつて、右かしを補充せしめたことが認められ、右認定をくつがえすに足る証拠はない。されば、右裏書譲渡は、右かしが補充せられたときに完全な効力を生じたものであるというべきである。

六、そこで進んで、被告主張の(5)の抗弁について判断する。

銀行の支店長代理が商法第四十二条にいう「支店の営業の主任者たることを示すべき名称を付したる使用人」にあたらないことは、被告所論のように、最高裁昭和二十九年六月二十二日第三小法廷判決の示すところである。けれども、銀行の支店長代理といえども、銀行の内規により現任の支店長差支のときに支店長の権限(支店におかれた支配人と同一の権限)に属する一切の行為又はそのうちの特定の行為を営業主のために代行し得る権限を与えられている場合にはその代行権限を有効に行使し得ることは勿論であつて、右判決がかような場合においても、支店長代理は、右代行権限を有効に行使し得ないものであるとする趣旨でないことは、同判決を熟読すれば容易にこれを看取することができる。

本件につきこれをみるに、前記証人広岡健一の証言によれば、前記株式会社第一銀行では、内規により、支店においては、支店長は、支店におかれた支配人と同一の権限を有するものであつて、支店長の下に支店次長一名、その下に支店長代理数名が任命せられており、支店長に差支(不在の場合は勿論、お客と一時応待中の場合の如きも含む)があるときは支店次長が、支店長、支店次長共に差支があるときは、支店長代理の一人が、それぞれその資格において支店長の権限を銀行のために代行することを得る旨定められており、従つて、手形行為についても支店長代理は、右代行権限を有しているものであること、前示のように、昭和二十九年三月十日本件手形につき、右銀行堂島支店より原告に対しかしある裏書がなされた際並びに同年十月十五日そのかしある裏書が補充された際、前記の広岡健一は、右支店の支店長代理の職にあつて前記の代行権限を有していたところ、右いずれの際も、当時支店長、支店次長共差支があつたので、同人が支店長代理の資格で銀行のため本件手形につき前の場合にはかしある裏書をなしたが、後の場合にはそのかしを補充したものであることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。従つて、広岡健一が昭和二十九年十月十五日支店長代理としてなした右かしある裏書の補充により法律上右第一銀行の完全有効な裏書譲渡がなされたものであるといわなければならない。

以上の次第であるから、被告の右抗弁もまたこれを採用することはできない。

七、最後に、被告主張の(6)の抗弁について判断する。

民事訴訟においては、判決は、口頭弁論終結当時を基準としその当時の訴訟物たる権利関係につきなされるものであるからその訴訟の原告において訴提起当時訴訟物たる権利を有していなかつたとするも、弁論終結当時これを有するに至つた以上は裁判所は、原告の請求を認容し得るわけである。本件においては、原告は、前認定のように、本訴提起当時(昭和二十九年三月二十六日)本件手形につき手形上の権利を有していなかつたが、訴訟中同年十月十五日これを有するに至つたものであるから、右説示により、原告の請求を認容するのに何らの支障もないわけである。被告の右抗弁は、右と異なる見解に立つものであるから、採用することはできない。

八、以上の次第であるから、被告に対し本件手形金八十万円及びこれに対する前示手形呈示の翌日である昭和二十九年三月三日より支払ずみに至るまで手形法の定める年六分の割合による利息の支払を求める原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 安部覚)

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